IMG_0322-s

浅間神社(あさまじんじゃ)は、山梨県笛吹市一宮町一宮にある神社。式内社(名神大社)論社、甲斐国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。全国にある浅間神社の一社。甲斐国一宮であることから「一宮浅間神社」と通称され、「一宮さん」とも呼ばれている。

IMG_0328-s-45ac1

御祭神は木花開耶姫命 (このはなさくやひめのみこと)、富士山を神格化した神であり、もと山宮神社に祀られていた3柱のうちの1柱で、木花開耶姫命のみ遷座したという。社伝では垂仁天皇8年正月に神山の麓(現 摂社山宮神社)で創建され、貞観7年(865年)旧暦12月9日現在地に遷座したという。一帯は古代甲斐国の中心地で、付近には甲斐国分寺跡・甲斐国分尼寺跡が残っている。

IMG_0330-s-7d266

『延喜式神名帳』で名神大社に列格する「甲斐国八代郡 浅間神社」の論社の一社である。また、平安時代末期より甲斐国一宮とされたとしている。ただし、当社の鎮座地は旧山梨郡であることや、他に甲斐国一宮を称する神社もあることから、名神大社および甲斐国一宮は当社ではないとする説もある。『日本三代実録』によれば、貞観6年(864年)の富士山の大噴火を受けて甲斐国でも浅間神を祀ることになり、翌貞観7年(865年)12月9日(旧暦)に甲斐国八代郡に浅間神社を建てて官社としたとある。その後、山梨郡にも同様に浅間神社を建てたとも記す。このことから、当社は「後に山梨郡に建てられた浅間神社」であるとする説が有力であるが、創建時は当地が八代郡内で「最初に八代郡に建てられた浅間神社」である可能性もある(詳細は「浅間神社#甲斐国」を参照)。摂社・山宮は元は神山を祭祀する神社であったと見て、甲府盆地の開発が進むとともに里宮に移り、のち浅間神(木花開耶姫命)の神格が与えられたとする考えもある。

IMG_0335-s-7110a

当社は武田氏からの崇敬が篤く、関係文書も多く伝わっている。その頃以降、当社を一宮とする史料や当地にあった「一宮庄」の記載のある文書も見られ、一般に甲斐一宮として崇敬された。江戸時代に入ってからも江戸幕府から所領を安堵されるなど保護され、1871年(明治4年)旧暦5月14日に近代社格制度において国幣中社に列し、戦後は別表神社となった。

IMG_0404-s-d476e